2010年9月29日

夏祭り2010

9/25(土)
今年も行われた日本人会の夏祭り。幸運にも2日前にモンスーンが明けて天気は晴れ。
まずは恒例小学6年生による太鼓。

日本人会の神輿。そのほか小学1・2年生用のもある。

夜店は父兄や同好会・日系企業が出店。

金魚すくいなどもある。子供・外国人(日本人以外という意味)に人気。

途中花火も上がる。

今回で3回目だが年々参加者が増えている。それだけ駐在者が増えてきているのであろう。
会場が狭くなってきた。

2010年9月25日

家の前の大きな木が倒れる


モンスーンがあけない今年のデリー。
昨年のモンスーンは7月に3週間のみだったが、今年はもう3ヶ月ほど雨が毎日降る。重さに耐えられなくなったのか、根が腐ったのか家の前にあった木が倒れた。道路をふさぎ通行止めとなっているが、撤去作業はのこぎりや斧でいつ撤去完了になるか不明。

2010年9月22日

デリー空港新国際ターミナル




10月のコモンウェルスゲーム(英国連邦競技大会)に向けて新築した国際線ターミナルビル。7月末より徐々に引っ越し始め、JALも新ターミナルに移動した。出張者の出迎えがあり今回は早めに行って最適駐車場の探索および見物。きれいな売店が数軒ある程度で特に何もなし。大きくなったので駐車場まで遠くなり、特に利用客にとって良いことはあまりなさそう。出迎え場所の到着情報の表示が離れた場所に小さいのだけだったり、案内表示が少ないなどあまり利便性に気を使われてない印象。

2010年9月18日

脚立屋


インドではまだまだ木製の脚立がメイン。建築現場でも足場は木製。脚立だけでも立派な商売になるらしく、デリー郊外では大きな店を構えているところもある。インドの家は天井が高く1家に1台脚立は必須。インドは何でも配達してくれるので、商品代を払えば家まで運んでくれる。

※写真 店の前がゴミで汚いのはインドでは普通

2010年9月15日

水泳大会2010

9/12(日)
毎年9月第2日曜日に開催される水泳大会が今年も開催された。
例年は暑くて見るのも大変だが、今年は雨季がまだ終わってなく雨。屋内プールなので雨は関係ないが気温もそう高くならない中、父兄は2階から観戦。学校の生徒は最低2種目、日本人会水泳同好会のメンバーも参加。

アップ時はいも洗い状態

タイム計測係打ち合わせ。計測は父兄が担当

毎年感じるが4月から体育の授業はプールなので1年生でも25m泳ぐなど水泳に関してレベルが高い。

2010年9月11日

ジャイプールで買った土産

大理石の小さい壺とアルミ製のガネーシャ


マハラジャが使っていた剣の飾り3000ルピー


クジャクの羽根でできたうちわと羽根単体。羽根は10ルピー/本。ワシントン条約で日本に持っていくときは許可が必要。

2010年9月8日

DVDプレイヤー更新


使っていたDVDプレイヤーの調子がいまいちになってきたので更新。
レンズクリーナーでクリーニングしても読み取らなくなってきていた。SONY製のバッテリー付きの物を前回一時帰国時に購入。もっと安いのはあったが最近はインドで苦労している日系メーカー製を買う傾向。停電時バックアップが働くまで数秒かかる為その間も停まらない様にバッテリー内蔵の物を選択。バッテリー無しの物は停電毎に最初から再生になってしまい操作が面倒。DVDはリージョンコードがある為インドでプレイヤーを購入すると日本のDVDが見られないので非常に面倒。

2010年9月4日

ジャイプールへ小旅行 #3/3

観光続き
ジャンタル・マンタルの向かいにあるシティ・パレス。現在もマハラジャが住んでいて一部が観光用で見ることが出来る。メインの建物は博物館になっていて、マハラジャが使っていた衣類などが展示されている。横にある建物は土産物屋になっていて、ラジャスタン(ジャイプールがある州)の物を売っている。


かつてマハラジャがイギリス旅行する時にガンジス川の水を運ばせたという銀製の壷。マハラジャが沐浴する為に運んだそうだ。


ジャイプール市街から10kmほど行った所にあるアンベール城。16世紀ごろはこのあたりの首都であった。丘の上にあり、周りも城壁で囲まれている。


鏡の間。鏡をちりばめて模様にしてあり、とても綺麗。


上からの景色。水が青くインド人がいなければヨーロッパといっても判らない風景。車は上まであがれないので下からは徒歩・象・ジープのいずれかで登る。今回は時間の制約でジープを選択。往復Rs350。


アンベール城を見た後は再び車で6時間、デリーに向かう。
子供らは車中ぐっすり。デリー到着は夜7時であった。インド国内旅行で困るのはやはり食事とトイレ。今回ホテルはインド料理以外もあったので助かったが、2日とも昼食は結局持っていったお菓子を車の中で食べただけ。またトイレも5時間ほどは行かなくても良い様にすることが必要。

ジャイプール含めインドの地方都市はまだまだ発展途上。街中だけでも牛はもちろん、サル、ウマ、ラクダ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、イノシシ、クジャク、インコと小規模動物園並みに見ることが出来る。デリーで見かける欧州製高級車も見ることはない。デリーに戻るとデリーは綺麗な街だと感じてしまう程。

2010年9月1日

ジャイプールへ小旅行 #2/3

2日目は朝から観光。
まずは風の宮殿。宮殿に仕えていた女性がここから街を眺めていたとの事。ぎっしりとテラスがある。


中はこんな感じ。ここから街を眺めていた。


窓から見えるジャイプール市街の風景。


次に行ったジャンタル・マンタルという天文台。2010年7月31日付で世界遺産になった。


下の写真の右奥にある一番大きい日時計は2秒単位で計測出来るそうだ。この日は曇りで影は見えず。

2010年8月28日

ジャイプールへ小旅行 #1/3


ジャイプールへ土日1泊で観光小旅行。デリーからおよそ250Kmの車の旅。朝7時半にデリーを出発。NH8(国道8号)をひたすら南西に向かう。1時間ほど行った所にあるマクドナルドで休憩と朝食をとり、再スタート。途中からはずっとトウモロコシ畑の中を走る。ムンバイ-デリーを結ぶ幹線道路だが、でこぼこでなかなかスピードが出ない。片側2車線なのが救い。


休憩含めて約6時間でジャイプール市外に到着。別名ピンクシティーと呼ばれているがその通り建物や城壁はピンクが多い。ずっと車で疲れたので、まずはホテルへ。


今日泊まるのはジャイ・マハル・ホテル。TATAグループのタージ系ホテル。1700年代に建てられたマハラジャ宮殿を改装してホテルにした所で一泊一部屋$250ほど。最高級の宮殿ホテルは$500/泊。デリーにはこういったホテルは存在しない。建物は2階建てで横に長く、庭もかなり広い。また整備も行き届いていてゴミ1つ落ちていない。客はほとんど外国人でそのなかでも欧州系の人が多かった。日本人も多いらしく、ボーイなどは日本語で挨拶してくる。



廊下などはほとんど大理石。階段は手すりも大理石であった。しかしながら部屋の中は普通のホテル。クラッシックな物は部屋にはほとんど無い。

小休憩の後、雨だったので観光はあきらめ、買い物へ行った。街中にあるお土産屋に行き、それぞれ気に入った物を購入。ジャイプールは宝石がインドで一番安いらしいが、そんなに安いか?の値段であった。
買い物後ホテルに戻り夕食。夕食はバイキングでインドのホテルにしては珍しくインド料理以外もあった。インドで泊まったホテルの中で一番良かった。さすがタージ系は違うなと関心。但し翌朝は停電で真っ暗。ホテルの機器故障らしく仮の電線を引いて復旧させていた。この辺はやっぱりインド。

2010年8月25日

シンギングボール


こちらで購入した仏具。インドではシンギングボールというらしい。
もともとインドは仏教だったので、名残でこういうものが楽器屋などで売っている(楽器ではないが)。現在仏教徒は1~2%と極めて少ない。
周りを強くこすると共鳴して大きな音がする(動画参照)
動画が再生できない場合はYouTubeで”シンギングボール”と打てば動画が見られます。

2010年8月21日

壁にカビ


1ヶ月前ほどから部屋の北側の壁に生えてきたカビ。
北隣の家が建替え工事中で我がアパートの壁が外にむき出しになり、雨が浸み込んできた為と思われる。現在住んでいるディフェンス・コロニーでは家は隣とぴったりとくっつけて建てている。隣があれば問題ないが工事中いろいろ問題がでる。
建替えは週7日24時間工事するので騒々しい。夜中に音で目が覚めることも多い。近所迷惑という言葉はインドには無いに違いない。

2010年8月18日

日本人学校幼稚園のクラス名


正式には”ニューデリー日本人学校付属幼稚園”という幼稚園名。平成7年に開園。
クラスにはそれぞれヒンディ語で名前が付いている。
年長 にる組
年中 らる組
年少 ぴら組
ヒンディ語での意味はニール=青、ラール=赤、ピラー=黄。
日本に帰って組の名前を言っても理解されることはほとんど無い。

2010年8月14日

レストラン Ai


2008年にオープンしたての頃は評判がいまいちだったレストラン アイ。
サケートのメトロポリタンモール内の奥まったところにある。
かつてはきつねうどんが2000円ほどであったが、オーナーが変わりシェフに日本人が招かれてからメニューが一新され、一気に人気店になった。ランチビュッフェは日本人駐在員奥様方にも好評で、日曜日は3日前までに予約をしないと入れないほど。但し日本人よりも韓国・中国系のお客が多く、味付けも辛め。日本人はがんばって通ってシェフに注文を出し、日本の味に染めなくてはいけない。

2010年8月11日

プネーへ2年ぶりの出張



2年ぶりにプネーへ出張。プネーはデリーから飛行機で2時間ほど南へ行ったところ。ムンバイ(旧ボンベイ)の東にある工業地域で自動車関連の会社が多い。またIT関連やコールセンターの会社も多い。タタ自動車やBajajという2輪メーカーの本拠地でもあり、ダイムラーやフォルクスワーゲンの工場もある。そのせいかドイツから直行便も飛んでいる。しかしながらプネーの飛行場は飛行機を降りたら歩いて建物に向かう様なローカル空港。構内を走っている荷物を牽引する車なども農業用トラクター。国際空港とはとても思えない。
プネーは標高約500mということからデリーと比べて涼しい。緑も多い。気候的には暮らしやすそうだが、その他はまだまだ日本人が住むのには厳しい環境。ホテルは新築で空港への迎えの車がAudiQ7、iphoneで空調やTVを操作と立派だったが朝食はインド料理だけ。パンと果物しか食べられなかった。夕食ももちろんインド料理であった。朝はせめてベーコンぐらい置いてくれるとありがたい。

2010年8月7日

デリー空港国内線新ターミナル




デリー国内線ターミナルが改装された。
秋の英国連邦スポーツ大会に向け建て替え。前の建物に比べるとようやく普通の空港になったという印象。しかしながら飛行機への搭乗はゲートからバスに乗って飛行機まで行かなくてはならない。その辺はまだまだ近代化の余地あり。

2010年8月4日

インド品質の時計


先日行った取引先の応接室の時計。
自分の腕時計で確認しないとよく判らない時間を指している。6:51が正解。
応接室ぐらい、もうちょっとましなのはないものに出来ないのだろうか・・・。

2010年7月27日

なぜか売れない日本のベストセラーカー


ホンダがインド向けに1200ccエンジンを新規開発してまで導入したJAZZ(日本名フィット)。
しかしながらあまり売れてないらしい。他の国では出せば売れる車なのだが、取引先から聞く話だと部品納入数はかなり減ってしまったとの事。台数だけで見ると同じクラスのスズキ・スイフトの足元にも及ばない。日本とは全く逆の構図。
インドは意外と保守的で、なかなか商売が難しい。

2010年7月24日

ガスの配達


インドはまだまだガスはシリンダーでの供給がメイン。使うのはキッチンのコンロのみ。
ガスシリンダーは写真のように自転車で運搬。1人で5本は運ぶ。
値段は400Rs/シリンダー。だいたい半年は持つのでガス代は150円/月ほど。

2010年7月20日

日曜参観2010




18日に行われた日本人学校の日曜参観。
今年も親参加型で行われた。親子レクでは体育館で大縄とびと綱引き。子供の前で良いところを見せようと親は必死になるが、縄とびで縄に引っ掛かり1名負傷者がでてしまった。体育はプールで水泳。9月の水泳大会に向けて親が子供のレベルを知る機会にもなっている。
幼稚園も同日開催で親は校舎内を行ったり来たり。3人以上いる家の親は事前にスケジュールを組み、分単位で行動する。